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2006/01/18

遅すぎる死刑確定

昨日、宮崎勤被告の最高裁への上告が棄却され死刑が確定した

事件発生から17年、初公判からでも16年をようした

テレビや新聞では

作家、漫画家、大学教授、出版関係者と色々な人がコメントしている

大半は、「事件の本質に迫っていない」とか

「宮崎被告の犯行当時の精神状態を解明していない」というものだ

このような間抜けなコメントには閉口してしまう

元々司法の場は見世物でもなんでもない

犯罪者に対し適正な処罰を行う場である

今回の裁判も弁護側は事実関係をほとんど争っていない

それは誰の目から見ても

たとえ謝罪の弁を述べても情状酌量の余地がないことが明らかであり死刑は確実であるがため

事実を明らかにするのではなく

被告の精神状態が罪に問えない状態であるということを争って宮崎被告を罪から逃れさせる方法を弁護側がとった結果だ

この種の犯罪事実が明らかで死刑判決が確実視される裁判では弁護側は被告の精神状態を争い罪から逃れさせようとする裁判が増えている

それと同時に弁護側は裁判の長期化をねらって被告の死刑を遅らせようともしている

オーム松本被告の裁判でも被告の精神状態を理由に2審への上告すら行われていない

犯行時、突発的ではなく計画的に犯罪をおかしているということは少なからず通常の生活が出来る精神状態であったに違いない

逮捕され罪が問われる時点になって精神状態の不具合を主張し

その拡大解釈によって罪を逃れさせようとする弁護士のやり方こそ

「金さえもらえば何でもする」に等しくはなかろうか?

誰も守れなかった幼い命よりも

それを無残に奪った犯罪者の命が守られる必要が本当にあるのだろうか?

例え犯罪者の犯罪時の心理が解明されたとしても罪もなく命を落とされた被害者が帰ってこないのは明白な事実だ

法律では死刑確定後、死刑執行までの日にちは決められているが現実には守られていないことも事実だ

死刑制度を無残だとして反対している人もいるが

殺人者のしたことはもっともっと無残なことではないのか

死刑制度自体が違法だという人がいるが

殺人者のしたことはもっともっと違法なことではないのか

罪も無い幼い命の生きた短い年数に比べ結審までの16年はあまりにも長すぎるのではなかろうか?

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