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2006/03/15

死をもってしか償えないこともある

1999年に山口県光市で母親と11ヶ月の長女が殺害された事件の最高裁での弁論が弁護士の欠席で開かれなかった

被告は当時18才

1審、2審は更正の余地があるとして無期懲役の判決を出し

検察が死刑が相当と上告していた

被告が無期懲役判決後に友人に出した手紙からは反省も更正の余地もうかがえない

昨日欠席した安田、足立両弁護士は死刑廃止運動のリーダー的存在との事

どんな信念や自論を持とうと自由だが

公正な裁判が行われている以上それを欠席して裁判を遅らせる手法は弁護人の取るべきことではないと思う

欠席の理由は

「日本弁護士連合会が開催する裁判員制度の模擬裁判のリハーサルで丸1日拘束される」というもの

弁護人は死刑が求刑されている被告の裁判よりリハーサルが大事だということなのだろうか?

また、弁護人は今月7日付で

弁護人が変わったことを理由に弁論を3ヶ月延期するよう求めて翌日却下されていた

弁護人を変えたから延期して欲しいというのは被告側の勝手な言い分だ

弁護人を変えて審理が遅延できるなら毎月弁護人を変えていけば永遠に判決を受けなくて済んでしまうことになる

元々

3審制や弁護人の自由な活動は

冤罪の防止や

その罪に対し適正な判決を出すためのものではなかろうか?

強姦目的で何の罪も無い母親とその11ヶ月の子供を殺害した被告には死刑が相当だと私は思う

今の日本の判決は

被告の身勝手な理由で何の罪もない人を殺害しても

1人殺しただけでは死刑判決が出ることはないというような悪しき判例がまかり通っている

3人殺さなければ死刑にはならない?

そんな馬鹿な!

何の罪も無い被害者の命は、身勝手な殺人者の命よりも軽んじられていいはずがない

また

死刑とせず無期懲役の判決が言い渡される場合に

「更正の余地がある」という理由が付けられることが多いが

更正の余地以上に再犯の可能性が大きいことも事実ではなかろうか?

それと

被告にだけ「更正の余地」は与えらるが

殺害された被害者は生きる権利さえ奪われているのだ

本来、判決は犯した罪に相当なものが下されるべきであり

「更正の余地」などという裁判官の私的な見解が入るべきでもないと私は思う

罪もない人の命を奪った被告は

自らの命を持って償うしかないのではなかろうか?

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» 最高裁公判に安田好弘弁護人欠席(山口母子殺害事件) [時評親爺]
今日の記事は少し長くなるが・・・おそらく記憶の片隅にあるだろうけれど、1999年に山口県光市で起きた「母子殺害事件」の最高裁上告審(口頭弁論)が昨日行われる予定であったが、弁護人である安田好弘弁護士らが欠席、弁論が開かれなかったニュースである。詳細は14日付yahooニュース(読売配信)と同日付朝日新聞にある。前掲yahooニュース(読売配信)から、注目部分を以下に引用する(文中の太字・下線は筆者による)。 > 山口県光市の本村洋さん(29)宅で1999年、妻(当時23歳)と長女(同11か月)... [続きを読む]

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