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2006/07/05

7才の命より凶悪犯の命の方が重いのか?

昨日、広島地裁で木下あいりちゃん殺害事件の被告に対し判決が出た

裁判長は「極めて悪質な犯行だが被害者が1人の事案であり、死刑をもって臨むには疑念が残る」として無期懲役を言い渡した

日本の司法の判断は

何の罪も無い7才の少女の命よりも身勝手で凶悪な犯罪者の命の方が重いということだろうか?

最初から被害者の人数で刑が決まってしまっているなら裁判を行う意味がなくなってしまわないだろうか?

最高裁の過去の判例が全てであり、絶対であるとしたら下級審はいらないことにならないか?

3審制の意義も無くなり

最初から最高裁で判決を出せば無駄がなくなることになる

地裁はその事件を慎重に審理し

地裁なりの判断を出してこそ3審制の本来の意義があるのであり

それが大幅に憲法違反であったり社会通念から逸脱していたら最高裁が差し戻して審理をやり直させることに3審制の持つ本来の意義があるのだと思うのだが・・・

残念なことに現行の下級審は

最高裁の過去の判例至上主義になり過ぎてはいないだろうか?

地裁、高裁が過去の最高裁の判例だけを頼りにしている以上

今回の事件も仮に検察により上告されても高裁判決は無期懲役だろう

もし、死刑判決が出るとしたら最高裁まで争わなければ無理ということになる

最高裁には

いいかげん加害者だけの人権重視の考え方を改め

何の罪も無い被害者の命の重さと凶悪な加害者の命の重さを考え

「時として殺害された人が1人でも死刑を科さなければならない時がある」という判断を示してもらいたいものだ

今朝の新聞各社の社説もこの判決を取り上げ疑問を投げかけている

刑罰は被害者の失われたものへの償いであるべきだと思う

何の罪も無く失われた7才の命の償いには身勝手な加害者の命でも足りないくらいだと私は思う

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コメント

この事件の解説をしていた弁護士が「判例にこだわらない判決が出るように陪審員制度がほしいんです」といっていましたが制度だけの問題じゃないと現場の人が以前言っていました。

日本は検事が絶対的に少ないんだそうです。
裁判が長引くのもその性だそうです。

一人の検事が担当する1ヶ月の裁判は、300~400だそうです。(奇跡の数だ)
これでは、公平な判決が導き出されるわけがない

それでもなり手はないそうです。弁護士も不足のようですがそれでも検事の人数の20倍以上はいるそうです

もっと、本質を見る上のものが欲しい限りです
数が判決の基準などと単純判決(言い過ぎかも)はそんな人手不足によるかもしれませんね

投稿: 玉井人 | 2006/07/05 16:50

玉井人さん

公務員は人気の職業なのに検事とかはなり手が無いですか
無用なお気楽公務員の給料減らして
本当に必要な人材を確保すべきなのですかね
もっとも
今回の裁判長の「仮保釈は慎重に」という付け加えは
自らの仕事をせずに他人に責任をゆだねた公務員らしさも残念ながら感じてしまいましたが・・・

投稿: カー助 | 2006/07/05 17:31

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