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2010/03/09

墓参り

今日は亡くなった妻の命日で

今朝、通勤途中に墓参りに行ってきました

線香をあげて

「息子も娘も元気にしてますよ」と報告してきました

その娘も朝やって来て

日中におばさんたちと墓参りに行くようです

ばあさんたちが墓参りに行くと

朝、私が墓参りをした時にはなかったお花が供えられていることが時々あり

「誰が供えてくれたのかね?」という話になるのですが

それが誰なのかは未だにわかりません

たぶん亡くなった妻の友達なのでしょうが

身内以外で忘れずに墓参りをしてくれていることに感謝しています

あの日から我が家は父子家庭になったわけですが

なんとか無事に子育ても終わり

一安心というか

そんな父親は

残りの人生を好きなことをして過ごしてもいいだろうと思ったりもしています

そういえば

今年からだか

父子家庭にも母子家庭同様に支援がされるとか

税金などの滞納はさかのぼって徴収されますが

支援はさかのぼって支給されることはないのでしょうね

まぁ、私の場合

当時、そんな制度があったとしても

所得制限で支給されることはなかったと思いますので

関係ないといえばそれまでなのですが・・・

そもそも

『支援』とは、お金を支給することだけでいいのか?とも思います

確かに

生活していく以上、お金も必要ですが

それが『支援』の全てでもないと

父子家庭経験者の私は思うのですよね

それと

女性の権利を求める団体等が

母子家庭等の支援の充実を求めているニュースを目にすることもありますが

プラカード等に「男女平等」の文字を見つけると

本当にそれを求めている?

男女平等なら父子家庭の支援も求めるべきでは?

あなたたちが求めているのは女性に対する過保護じゃないの?

と思うのは私がひねくれているからでしょうかね

上にも書きましたが

仮に私が父子家庭になった時に

父子家庭を支援する制度があったとしても

私は所得制限で

その制度の恩恵をあずかることはなかったと思うのですが

ある程度の所得があるということは

それなりの時間を仕事に費やしているわけで

ある程度の所得を得ているということは

そのことによりお金以外で困ることもあるわけで

そういう部分を助けることこそ本当の支援ではないかと思ったりもします

お金をくばれば福祉が出来るのなら

福祉とはそれほど難しくないことになりますよね

妻の墓参りをしてくれている人のように

お金じゃない部分に感謝出来たりするのも人間なのではないかと私は思います




今日は冷たい雨が降っています

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コメント

お金を与えるという事は相手を見下しているように思えます。
お金で事を済まそうとすると、大切な者がどんどん失われていくように思えて仕方がありません。
ご近所の助け合いも地域の助け合いもお金じゃあありませんものね!

奥様のご命日に良い報告ができて、見知らぬ花から奥様のお人柄を偲ぶ事ができてよかったですね!
それにしても昨日は寒かったです。

投稿: とんちゃん | 2010/03/10 10:08

とんちゃん

コメントありがとうございます
お金に困った人だけを助けるが福祉だとも思えませんし
ボランティアのようなものこそ本当の福祉なのかもしれませんね
悲しいかな人間自分で困った経験がないと中々わからないことが多いのも現実なのでしょうかね
困ったことの少ない政治家やお役人には本当の福祉は理解できないかもしれませんね

投稿: カー助 | 2010/03/10 11:13

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