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2012/04/24

無免許運転は過失じゃない

昨日、京都府亀岡市で無免許の少年が起こした事件(あえて『事故』とは書きません)

亡くなられた方々のことを思うとなんともやりきれない思いです

逮捕容疑は「自動車運転過失致死傷」だとか

「危険運転致死傷罪」は要件のハードルが高すぎて適応されない?

制限速度を守って普通に運転していて

急に飛び出してきた人をはねてしまったようなどうしようもない事故の時と同じ罪状だということに違和感を覚えます

もちろん今回の少年の事件とその場合が同じ刑期にはならないでしょうが・・・

自動車運転過失致死傷の最高刑は7年ですよね

今回の場合

少年であることから

まず、家庭裁判所に送られ

「事件の重大性から刑事裁判が相当」とのこととなり

京都地裁から裁判が始まるのでしょうが

仮に最高刑の7年が言い渡されたとして

取調べ、裁判中の拘留期間がそこから差し引かれますから

実際に刑務所に入る期間はそれよりはるかに短くなるわけです

そもそも無免許運転自体が『過失』ではありませんよね

完全な故意であり

無免許で運転して走り回ることは

街中で刃物を振り回しているのと同等

いや、それ以上に危険かもしれません

そう考えると、やはり『過失』の範囲を大きく逸脱していると私は思います

人を射殺した犯人が

拳銃を人に向けはしたが

引き金を引く気はなかったのだが

あやまって引き金を引いてしまったのだから『過失だ』と言っているようなものではないでしょうかね

今回も思うことは

危険運転致死傷罪の適用のハードルが高すぎるということ

確かにこの刑罰の最高刑は懲役20年ですが

それはあくまで最高刑であって

10年や15年の判決が出ることだってありえるわけですから

無免許運転や飲酒運転、ひき逃げなどによる死亡事故全てに適応されてもいいのではないでしょうかね

悲惨な事故が起きるたび

遺族が必死になって署名活動しなければ法律がかわらないこと自体おかしな話だと思います

そもそも法律とは

善良な市民が安全に暮らせるためにあるべきはずです

今回も裁判時

弁護人は「被告は深く反省し、少年でもあり更正の余地がある」と減刑を求めるのでしょうか?

18歳にもなって

こんな事件を起こす被告の更正の可能性なんて誰が本気で期待するのでしょうか

亡くなられた方々の生きていたら「これからの可能性」の方がはるかに大きく期待もできたのではないでしょうか

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コメント

亡くなられた方の無念を思うと
本当にいたたまれなくなります。

私が気になるのは
「通学路に問題があった」という報道です。

確かに国道の抜け道として
住宅街の生活道路を利用する車のマナーも
悪いのかもしれませんが
今回の事故は道路の問題ではなく
免許も無いのに一晩中走り続けていたという
この少年の「殺人行為」そのもの。
そこから
焦点をずらしてはいけないと思うのです。

聞けばこの少年は以前にも無免許運転で
逮捕歴があるとか。
父親が記者からの質問に
「いつもと変わりなかった」と答えていましたが
逮捕されるような生活態度が
いつもと変わりなかった、という事??
耳を疑いました。

可愛い盛りの命と
これからの命
生まれるべき命
この重みをこの少年はどう感じているのでしょう?

私でさえ感じている怒り、憤り。
ご家族の思いははかりしれません。

…長くなっちゃいました。ごめんなさいweep

投稿: mamia | 2012/04/24 23:09

mamiaさん

コメントありがとうございます

確かに危険な通学路が多く存在することも問題ですが
今回の事件の場合
一番の問題点は「無免許運転」ですよね
ただ、もしガードレールがあったらと考えると
私は医療費の無償化ばかりを子育て支援のように考えている行政にも真剣に考えて欲しいとも思います

無免許でありながら夜通し運転できていたのだから
それなりの運転技能があり、危険運転致死傷罪にあたらないというおかしな考えが成り立つなら
運転免許なんて必要ないという話しになってしまいますよね
無免許で運転したら危険だから運転免許が必要なわけですから
完全な危険運転だと考える方が自然だと思いますよね

報道は熱しやすく冷めやすいですから
事件から数週間も経てば「その後」をあまり伝えませんが
刑事罰の他に民事罰も問えるのですから
亡くなられた方の遺族や怪我をされた方々は
事故を起こした少年とその父親、同乗していた少年たち、車を貸した所有者に対し
一生かかって払うような慰謝料を請求すべきだと思いますね
少年たちはその時にならないと本当の意味での罪の重さを感じないのでは?とも思います

投稿: カー助 | 2012/04/25 09:49

あなたの言いたいことに賛同です。
私も知恵袋で同じ想いをぶつけて質問しました。
そもそも無免許の人間が運転することが危険運転であるはずです。
一晩ドライブしてたから、一定の運転技術があるとする弁護士の見解は納得しかねます。
だから危険運転致死傷罪ではないと・・・
無免許の人間の運転技術を認めてしまってます。
また無免許の人間でも、飲酒・薬物運転をしない限り、危険運転ではないと言っているようなものです。
これをうっかりした居眠り運転で片付けたら 亡くなった幼い命にどう報告したらいいのでしょう。
運が悪かったですますのでしょうか。
これは無免許の人間が起こるべくして起こした 最悪の事件です。
免許所持者が飲酒や薬物で危険運転が適用されるのに、
無免許の輩はドライブ出来たから危険運転ではないと言うなら
免許制度なんかいりませんよ。
なんで免許所持者より無免許の人間のほうが運転技術あんねんっていう話になります。
交通法規や運転疲労による睡魔など無知だから事件は起きたのです。
この人間が運転することは充分、危険運転です。
だいたい事故っておいて素知らぬ顔で携帯いじってる人間ですよ。
無職に無免許、社会性は欠如。
人間のクズの三重奏ですよ。
欠格期間さえあけたら免許取得の権利が少年にも与えられます。
しかし法律が許してもオレはこの人間を認めない。
こんな奴が車を運転することを許せるものか。
賛否両論あるが 死んで詫びろ!
これしかない。

投稿: マヤ | 2012/04/25 15:02

マヤさん

コメントありがとうございます
そうですね、運転免許には交通法規や車の構造や救護などの知識もついているわけですから
単に「運転できる」ことを技能と認めることはおかしいですよね
裁判員裁判をはじめて
市民感覚を裁判に反映するといいながら
その裁くべき法律が市民感覚から大きく逸脱していたのでは話になりませんよね
そんな法律をかえるためには
本文中にも書きましたが
被害者遺族が大変な思いをして署名活動をしないとならないことにもおかしさを覚えますし
消費税を上げるためには
「政治生命をかけて、命をかけて」という政治家も
国民の安全のためには何もしていないに等しいのでは?と思いますね

少年と接見したという弁護士は
「少年は反省している」と言っていますが
何をどう反省しているというのでしょうかね
亡くなられた方々の無念さ
今も病院のベッドで痛みと戦っている子供たちのことを本当に理解しているとは到底思えず
もう弁護活動がはじまっているのか?という感じにしかとれませんね


投稿: カー助 | 2012/04/25 16:15

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