心と体

2009/07/23

おばさんは影響されやすい?

先日、知り合いのおばさんと話していた時のこと

私が「この暑いのにここのところウォーキングを始めたのだろうおばさんをよく見かける」と

いつものウォーキングコースで最近感じていたことを話すと

「あぁ、ここのところテレビでダイエット関係のことをやっている番組が続けてあったからじゃないの?おばさんは影響されやすいから(笑)」との答え

そうなのかどうか確かではありませんが

ここ数日

いつものウォーキングコースで

30代?40代?という

どちらかといえばフクヨカな

いやいや、間違いなく余分なもをかなり身にまとって歩いている人を見かけますcoldsweats01

私的には

「影響されやすいこと=悪いこと」とは必ずしも言えないと思っていますし

影響されやすい人が多くいるからこそ『流行』は生まれるのでしょうし

それが経済を活性化させているのも事実かと思うのですが・・・(ちょっとオーバーかな?coldsweats01

いやいや、見かけたおばさんたちは

みなさん新品のウェアーを身にまとっていらっしゃいましたから

ウォーキングが続いてそれが役立つかは別として

消費という経済活動には貢献している感じでしょうか?

まぁ、テレビの構成されたダイエット番組を見てその気になるのはどうかとも思いますがねcoldsweats01

さらに

その知り合いのおばさんは

「ど~せ三日坊主で続かないのもおばさんで、熱し易く冷めやすいのがおばさんだよね」と言い

「三日坊主のダイエットじゃリバウンドもしないわね」と大笑い

さすがsign03おばさん

自分たちのことがよくわかってらっしゃるsign01

そして

「テレビは作りごとなんだから真剣に見ちゃダメだよね~(大笑い)」だそうです

確かに影響力の大きいのがテレビでしょうが

真似して自分に出来ることと

出来ないことの区別も必要かとも思います

今回のおばさんたち以外にも

今までウォーキングやジョギングを始めた感じの人をよく見かけましたが

続いている人は残念ながらほとんどいらっしゃらないのが現実です

楽は続くが苦は続かない?

何年もズボラを続けてきた結果の肥満は

数日の努力では間違いなく痩せませんからね~sweat02

そんな遊歩道に今ヤマユリが可憐に咲いています

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季節ごとに色々な景色が楽しめるのは

ウォーキングを続けているからこそだと思います

ダイエットのためのウォーキングも景色を楽しむぐらいの余裕がないとダメかもしれないと思うカー助です

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2008/09/11

成長

昨日、仕事を終えて帰宅し

玄関を開けると

廊下のむこうにチビがいました

お父さんが迎えに来たのかと思って部屋から出てきたのか

私の顔を見て

「なんだ~違うじゃないか」という顔をして部屋へ戻っていってしまいました

なんとも冷たい奴というか嫌な奴です

我が家に来たのは

8月31日の1才の誕生日以来ですから

10日ぶりなのですが

10日前はよちよち歩いていたチビが

なんとも元気良く1人でシャカシャカ歩いています

確かに子供の成長は早いと思いますが

「わずか10日でこんなに成長するか?」と思うほど

相変わらず与えられたおもちゃには興味なく

ティッシュを箱から出したり

何が面白いのかメモ帳を1枚1枚はがしてみたりして遊んでいます

娘が昔使っていたコルクの蓋のガラス瓶に

チャック付きのビニール袋に小分けされたビーズが気に入っていたものを見つけ

中身を全部出して

コルクの蓋をはめたりはずしたりして遊んでいるうちに

ビーズ入りのビニール袋を振ってみたら

その音が気に入ったようで

私にもやれと言わんばかりに1袋を突き出しますので

一緒に振ってあげると大喜び

部屋中歩き回ってはイタズラ出来るものを探しているうちに

頭をぶつけて

ウワァ~と大泣き

そんな時は母親のところへ一目散です

以前と違い

気に入って遊びはじめたものを

危ないからと取り上げられると

怒ったり泣いたりします

かなりの執着心が出てきて

これもまた成長なのだと思います

娘とチビを見ていて思うことは

チビの成長は勿論ですが

母親としての娘の成長もです

娘の親である私としては

「こいつちゃんと母親出来るだろうか?」とチビが生まれる前は思っていましたが

気長になったというか

キレることもなく無難に母親業をこなしているようです

「育てる」ということは

同時に育てる側も成長させるということなのでしょうかね

育児は24時間、365日休みなしですから

大変な作業で

それをすることが忍耐力を自然に身に付けさせてくれるのでしょうかね

チビの成長の喜びが

負担より大きいことが育児の大変さを和らげてくれるのかもしれません

ジーさんとしては

母子共に成長してくれることを願うばかりです

そう考えると

「育てる」ということが終了したジーさんの私はもう成長しないということでしょうかねcoldsweats01

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2008/07/10

優しさって難しい?

3週間ほど前だったと思うのですが

後輩のG君と彼の鬼嫁と3人で食事をし

帰り際にG君の鬼嫁がこれから宝くじ売り場に当選の確認に行ってくると言い

「もし、3億円当たっていたら家出する」と鬼嫁

「俺もまだ宝くじ確認してない」とG君が言い

「私がそれも見てきてあげる」とG君の買った宝くじも持っていった

「馬鹿だな~、鬼嫁のことだから万が一当選していたら本当に家出するだろうし、G君の宝くじが当たっていたら『私のが当たっていた』と言って取り上げられるに決まっているのに・・・」と心の中で私は思った

そして、その週

いつもは週に2、3回仕事のことで私のところへ来る鬼嫁が来ない!

「もしかして、本当に3億円当選して家出してしまったか?」と思っていると

次の週の平日の昼間

G君が突然やって来た

「どうしたの?こんな時間に」と聞く私

「仕事で近くまで来たので・・・」と言うG君

さらに「実はうちの奴が・・・」と続けるG君

まさか!家出した?

と思っていると

「入院しちゃったんですよ」と言う

聞けば

近所の病院に入院後、大学病院へ転院したという

炎症が治まってから手術をするかもしれないという話

私は「落ち着いたらお見舞いに行くよ」と伝え

しばらく色々話してG君は仕事に戻っていった

そして

今週の月曜日

G君の鬼嫁がやって来た

聞けば

2泊3日の外泊許可をもらって日曜日に帰って来たのだという

痛かったのは治まり金曜日には手術をするらしい

その鬼嫁が

G君に「毎日来なくてもいい」というのに毎日来るんですよと言うので

「それがGのいいところなんじゃないの?」と私が言うと

毎日来るくせに、私が「持ってきて」というものは毎回忘れると怒る鬼嫁

帰ってみれば洗濯機いっぱいに詰め込まれた洗濯物があったという

鬼嫁が「こんな時ぐらい洗濯しておいてくれてもいいじゃない」と思う気持ちも充分わかるし

G君からすれば

毎日仕事が終わってから病院へ行くだけでも大変かとも思う

優しさって難しい?

自分がいくら「これが優しさ」と思っても

それが相手に伝わらなければ意味がないのかもしれない

ある意味

相手の本当にして欲しいことをしてあげられて「優しさ」なのかもしれないと思います

ある人は

毎日会いに来てくれることを「優しさ」だと思うでしょうし

また、ある人は

毎日会いに来てくれるより他のことを望むのかもしれませんからね

まぁ、今回の場合

10数年一緒に住んでいて

パートナーが何を望むか、どんなことを喜ぶかを理解できてないことに問題があるのかもしれませんが・・・

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2008/06/24

育児の大変さを思い出しました

昨日、仕事を終えて帰って

車庫に車をとめ

車のドアを開けた途端

うゎ~というチビの泣き声が外まで聞こえ耳に入ってきました

「おっ、来てるな」と思いながら家に入ると

その声はさらに大きく聞こえます

「何を泣いているのだ?」と思いながらチビのいるリビングへ行くと

離乳食を食べながら泣き叫んでいるチビ

私と目が合うと

「誰だ~こいつ」という感じで離乳食を食べるのをやめて

しばらく私の方を見ていましたが

またまた「うゎ~」と泣き叫ぶ

食べるか泣くかどちらかにすればいいのにとも思いますが

幼児にそれを望んでも無理でしょう

責任者でない私は2階へ非難

しばらくすると玄関のチャイムが鳴り

娘の旦那さんが迎えに来たようだ

さらに少ししてチビの泣き声がやんだので

1階へ降りてみるとチビは気持ちよさそうに何事もなかったかのように眠っていました

どうやら離乳食を食べているうちに眠くなってぐずっていたようです

大人なら、食べて直ぐ寝ると牛になるとか言われそうですが

食べる、寝る、泣く、遊ぶが仕事の幼児では

食べて直ぐ寝るも当たり前ですかね

平和になったリビングで

私とばあさんと娘と旦那さんで会話が始まり

子育てが遠い昔の話になった私とばあさんは

「あんなに泣かれると嫌だよな~」と思うのですが

子育て真っ最中の娘夫婦にとっては日常茶飯事の出来事で当たり前という感覚だという

育児は決して楽ではありませんが

そのことは親としての2人を成長させたり

我慢強くさせたりしているのかもしれないとも思います

育児の大変さを身をもって知ることが

親のありがたさを本当に実感できるのかもしれませんし

大変さもあるからこそわが子の成長がうれしいのかもしれないと

じいさんになった私は思うのですが・・・

その後40分ほどして目覚めたチビは

さっきあんなに泣いてたことが嘘のように幸せそうな顔で帰って行きました

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2008/06/12

友達は自らを映し出す鏡

日曜日に起きた悲惨な事件

私も仕事の関係で時々行く秋葉原での事件

加藤智大容疑者が「誰かに止めて欲しかった」という供述をしているそうですが

そんな自己中心的な発想には呆れます

両親への不満をいい

仕事への不満をいい

彼女が出来ないことまで不満だったという

どんなに不満があろうと他人の命を奪っていい理由にはならないし

「好きな仕事」「やりたい仕事」とはどんなものなのだろう?

加藤容疑者は車関係の仕事につきたかったような報道がされていますが

車関係で、好き勝手にやれて楽でお金がたくさんもらえる仕事が理想でしょうか?

そんな甘い仕事があるだろうか

確かに理想を持つことも大事なことだと思いますが

さらに大事なことは

その理想を実現にするために努力することではないでしょうか

ろくな努力もせず

うまくいかないと

「世の中が悪い」とか

「みんな冷たい」とか

全てを他人のせいにしてしまう人が増えているような気がします

現実の世の中、うまくいかないことや想い通りにいかないことなんて山ほどあります

その時、全てを世間やまわりのせいにして逃げているだけでは

理想は現実にならないのだと思います

昔、後輩が

嫌なことがあると、うまくいかないことがあると

「世間は冷たい」とか「誰も助けてくれない」と嘆いているのを聞いたことがあります

確かに、甘く優しい世の中ではないかもしれませんが

困っているのに誰も助けてくれないのはなぜでしょう?

私は困った時に誰も助けてくれなかったら

助けてくれないまわりではなく

それまでの自分の行いが悪かったからではないかと反省するようにしています

まわりの態度は、日頃の自分の行いの鏡だと私は思っています

日頃からまわりに対して優しくしてこなかったら

自分に対して優しくしてくれるはずもなく

友達が困っている時に助けたり、話を聞いてあげたりもせず

自分の困った時だけそれを望むのは自分勝手なことなのではないかと思います

もちろん、どんなに一生懸命やっても

裏切られることもあれば騙されることだってあります

実際、私もそんな思いをしたこともあります

そんな時

相手を恨むよりも

「きっとこの人達にとって俺は冷たい奴だったんだろうな」と思いますし

「俺って、まだまだ未熟だなんだな~」と自分を見つめるいい機会でもあると考えるようにしています

私が脱サラして1人で仕事を始めた時にも

足を引っ張る人もいれば

向うから付き合いを終わりにした人もいます

そんな中

何人かの人達は「なんでそこまでしてくれるの?」と私が思うほど助けてくれています

ある人に

「なんでそこまで良くしてくれるのですか?」と私は聞いたことがあり

「あなたが好きだからだよ」と笑いながら言ってくれたその人の笑顔を私は一生忘れないでしょうし

仮にその人が困ったら

私は出来る限りのことをさせてもらいたいと思っています

世の中、全ての人が善人でもなければ

私も含めて、全ての人に優しくできる人の方がむしろ少ないとも思います

でも、好きな人、大事な人には優しくできたりするものです

優しくして欲しい人や困った時に助けて欲しい人、一生付き合って生きたい人には

その人の好きな人、大事な人になる努力も必要なのではないかと思うのです

類は友を呼ぶ

を51年生きてきた私は「いい当ててる言葉」だと思っています

わがままな人はそういう人達で群れますし

思いやりのない人達はそういう人達で群れ

仲間が困ればしらんぷりじゃないでしょうか

そんな意味からも、友達は自らを映し出す鏡であり

いい友達は金銭とは別な財産であり

いい友達が欲しければ

自らがそんな人達と「類」になれる人間になる必要があるのではないかと私は思います

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2008/03/18

無事転院しました

昨日、大学病院の退院

搬送

新しい病院の入院と

1日がかりで何とか父親の転院を無事終えることが出来ました

前回の書き込みにも

今度の病院は我が家からは歩いても5分ほどですので

年老いた母親が行くにも助かります

大学病院からは9時に退院と言われてましたので9時前に大学病院へ行くと

鼻の酸素吸入用の管を外している父親

看護師さんに「外してて大丈夫なのですか?」と聞くと

「『駄目ですよ』と言っても外しちゃうんですよ」と言う看護師さん

「駄目だよ!看護師さんのいうこときかないと・・・」と言う私の言葉を無視する父親

本人も転院が嬉しいのか

いつもよりは少し元気なようだ

点滴を外したりに時間がかかったがストレッチャーに乗せられ転院の準備が進む

その間に私たち家族は病室の私物の片付けをし

私は退院の精算へ行き

介護タクシーと共に大学病院をあとにし

移動開始

やがて新しく入院する病院に到着し

大学病院から渡すように言われていた書類や

入院予約時に「書いてくるように」と言われて手渡されていた入院承諾書や患者本人に関する調査書類を出して入院手続きを済ませると

とりあえず処置室へ入れられ

血液検査、レントゲン撮影などの検査が始まった

待つこと1時間半ほど

やっと病室へ移動

その後、看護師さんに書いてきた調査書のことや病状のことや大学病院での入院時のことを詳しく聞かれ

色々説明し

「担当の先生からお話がありますからお待ちになってください」と言われ

待つこと1時間ほど

やっと呼ばれ

先生と今後のことなどお話をし

病室へ行ってみると

移動と検査で疲れたのか父親は寝ていた

起こすのもかわいそうなので私と母親はまた来ることにして帰ってきた

まぁ、これが出来るのも近くの病院だからですが・・・

転院はもちろん患者本人にも負担でしょうが

家族にも大変な苦労ですね

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2008/03/14

病院

私の父親は今、大学病院に入院しています

先日まで抗がん剤治療をしていましたが

体力的な面や治療効果の面からそれは打ち切ることとなりました

そこで出てきた話は「転院のお勧め」です

「お勧め」といえば聞こえはいいですが

要するに「出て行ってくれ」というものです

大学病院には「ソーシャルワーカー」という人がいて

転院先をあたってはくれますが

あくまで「紹介」であって

家族が転院を受け入れてくれる病院を探すことになるわけです

ソーシャルワーカーの人が近所の3つの病院へ問い合わせをしてくれ

1ッ箇所は受け入れできないということで断られましたので

残りの2つの病院に私が電話を入れ

受け入れのお願いに行く予約をとりました

A病院は、我が家から歩いても5分ほどですし

元々、こちらの病院の検査で癌がみつかり

今の大学病院に紹介状を持って入院した経緯もあり

家族の希望としてはこちらにお願いしたいと思いましたが

ソーシャルワーカーの人の話では

「A病院は救急指定になっていて難しいかもしれませんから、病気の発見の経緯等を熱心に話して頑張ってみてください」とのことでした

B病院は、ソーシャルワーカーの人の話では「受け入れてくれる可能性は高いのでは」との話

しかし、B病院は我が家から2kmちょっとあり

A病院の近さに比べると

平日の昼間、年老いたばあさんが行くには少し大変かと思います

両病院に電話で予約をお願いしたところ

幸いというかA病院の方が1日先になり

ばあさんには「何としてもここに受け入れてもらえるように頼んできてくれ」と言われ

17時の約束でしたので

16時45分ごろA病院に着き

受付を済ませて待つことになりました

待合室には20人ほどの人がいます

全てが患者さんでもなく

お年寄りの付き添いで来ている感じの人もちらほら

徐々に診察を終えて帰っていく人がいますので

待合室は10人ほどになり

時計を見ると17時半を過ぎています

更に、1人、2人と帰っていき

「あと、どの位待たされるのかな~」とか思いながら待っていると

ついに待合室は私だけに

時計は18時半を指しています

やっと看護師さんに呼ばれ診察室へ

父親のカルテを見て、私を見て「あれ?」という看護師さん

私は、今日来た理由を告げ

大学病院からの紹介状を渡すと

その旨を紙に書いて

「今、先生が来ますから少々お待ちください」と言って出て行った

3、4分して先生がいらして

転院を受け入れて欲しいことを話すと

ソーシャルワーカーの人の話通り「ここは救急指定なので長期入院は出来ないのですよね」という話だ

「自宅療養は無理ですか?」とも

それが出来る位ならお願いになど来てはいない

病状の話を詳しくし

元々はこちらにお世話になっていたことなど20分ほど話をすると

「・・・・・・・・・わかりました」と先生が

「来週からでいいですか?」と言ってくれた

脇にいた看護師さんに「入院予約の手続きをしてもらってください」と言い

「大学病院の先生に渡してもらう手紙を今から書きますからちょっと待っていてください」と先生は私に言った

「先生がお手紙書かれている間に入院予約の手続きをしちゃいましょう」と看護師さんが受付に私を連れて行ってくれ

そこで予約の手続きを済ませ

待合室の椅子に座って、しばらく待って手紙を受け取り病院を出て

大学病院のソーシャルワーカーの人に「A病院が受け入れてくれることになりました」と電話を入れ

次の日の朝一番で

予約してあったB病院に「他の病院で受け入れてくれることになりましたので、申し訳ありませんが予約のキャンセルをしてください」と電話を入れた

自宅の近くに転院できることになったことは

患者本人にとっても

家族にとっても、特に年老いたばあさんにとっては良かったと思っています

よくニュースで救急患者のたらい回しが問題にされていますが

入院してからもたらい回しがあることを知った出来事でした

もちろん、大学病院も慈善事業じゃないことは充分理解しています

そこだけが悪いなどと重箱の隅をつっつくつもりもありませんが

ただ、命に関わる問題は大事なことではないかと思います

道路の話が最重要課題のような今の国会をみていると

それでいいのか?と思ってしまいます

立派な道路を走っているのは受け入れ先を探して右往左往している救急車だけという未来にならないことを願いたいものです

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2008/02/07

神にも願う気持ち?

世の中、裕福になると

健康のためにとサプリメントをとったり

ダイエットのために飲むものが出てきたりしていて

それを利用する人も増えているのでしょう

ところで昨日、T社長から電話があり

仕事の話を15分ほどした後

世間話になり

さっき、Oさんが来て

話を聞いて笑っちゃったよと言う

それは

Oさんがお医者さんでバイアグラを処方してもらってきたという話で

Oさんは、その金額が高過ぎると言い

T社長は「そこまでしてしたいの?」と聞いたら

即答で「もちろん!」と答えられたという

Oさんは、T社長と私の共通の知り合い

年齢は60代半ばだろうと思う

「便利なものが出てきて、昔なら考えられなかったことが出来るようになってきたけど本当にそれがいいことなのかね~?」と言うT社長

「便利なものを使うか使わないかの選択は人それぞれでいいんじゃないですか」と私は答えた

価値観は人それぞれで

何が大事か?

何にお金を使うか?を他人がどうこう言うこともないのではないかと私は思うし

他人に迷惑をかけなければいいのではないだろうか

Oさんのことを「神にも願いたいってところなのかね?」と言うT社長に

「社長も欲しくなりましたか?」と私が笑って尋ねると

大笑いしながら「相手がいればね」と言い

「Oさんは誰と使うのかね~」とT社長

「奥さんとじゃないんですか?」と私が言うと

「それはないだろう」と言うT社長

まぁ、この話、大きなお世話といえばそうなのだが

「カー助さん今度聞いてみてよ」とT社長の興味はそちらへ移ったようだ

私が「社長が聞かれたらいいじゃないですか」と言うと

「俺は気が小さいから聞けないよ。俺はOさんの奥さんもよく知っているから・・・」と言い

「カー助さんなら冗談半分みたいな感じで聞けるだろう」とT社長

確かに、笑い話ついでに聞くことは出来るだろうが

60過ぎのオヤジの相手が誰だろうが私には興味がまったく無い

むしろ私には

いい年のOさんが使いすぎて倒れないかの方が心配だ

死ぬまでサプリメントとか薬に頼らないでいけたらと思っている私です

あっ!あっちの方の話じゃありませんよ(笑)

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2007/10/05

体型は「血」よりも食生活?

猛暑と雨の日が続いたため

ツイストステッパーで運動していたのですが

やっと秋らしくなってきたので

今週からウォーキングとツイストステッパーの両方をやっています

昨日もツイストステッパーを30分やって

いつもの森林公園駅北口から森林公園南口への遊歩道片道約3kmのコースを往復したのですが

季節がいいせいか、いつもより多くの人が歩いていたり

犬の散歩をさせています

スタートから1kmほど行くと

すっごく太った犬を散歩させているおばさんが前を歩いていました

その犬は、歩くたびに肉が揺れていて

足が短いせいもあり

もう少しでお腹が地面につきそう

「ハァ、ハァ」言いながら散歩している犬を見ると

ここまで太らせるのは「かわいがり」というより「虐待」に近いのではないか?と思うほど

散歩させているおばさんの後姿も

そんなにのんびり歩いているのにそこまで汗かくか?と思うほど濡れていて

背中とわき腹の重力に負けた脂肪が大きく垂れ下がっているのがクッキリ

一瞬、犬とおばさんは血がつながっている?と思ったが

いくら足が短く、脂肪のつき方まで似ていても

犬と血縁のわけはない

「ペットが飼い主に似る」という話があるが

同じ生活をしているのだから似てくるのも当然かもしれない

同じような食生活をしていれば

おのずと体型が似てきても何の不思議もないとも思う

前にも書いたことがありますが

サラリーマン時代の上司(独身)が

「俺は女性にモテない3大要素のチビ、デブ、ハゲだからな~」とよく言ってました

この要素が正しいかどうかは別として

この人が更に言ったことが印象的で忘れられないのです

それは

「俺はチビとハゲのことを言われると腹が立つ、デブは自己責任だから俺が努力すればなおるわけだからいくら言われても腹は立たないが、どうしようも出来ない遺伝的要素を言われてもなおしようが無い」と言った言葉だ

確かに自分の努力ではどうにもならないことを責められることは辛くもあり、腹も立つだろう

努力でどうにかなることと遺伝的要素を同レベルで考えるべきではないとこの時教わった気がした

ちなみに

この人が妊婦のようなお腹を運動と食事療法でダイエットし

スリムとまではいかないが

平均的体型になったことがあるのだが

残念ながら女性にはあまり縁が無かったようだ

デブという後天的要素より

何ともしがたいチビ、ハゲという遺伝的要素の方が大きいということか

それとも他にも要素があったということだろうか

まぁ、自分の欠点に気づかないのが人間であり

本能的に気づきたくないと思ってしまうのも人間なのかもしれないですからね

だからと言って何もしないであきらめるよりは

努力をしてみる人が私は好きですが・・・

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2007/09/19

ツイストステッパーその後のその後

先月から始めたツイストステッパー

ウォーキングが出来ない雨の日や

猛暑の日に室内でも出来ると始めたのですが

今では、こちらがメインという感じになっています

なぜかというと

効果絶大!という感じだからです

最初は膝の上のあたりがピクピクしてしまい

1週間ほどはちょっと辛かったのですが

それも続けているうちに無くなってきて

1日30分だったのが

40分になり

先週は1日50分やり

昨日は1日60分に

Photo

ウォーキングを始めてウエストが5cmほど細くなったのですが

そこからは現状維持が続いていました

それが

ツイストステッパーを始めたことにより

さらに5cmほど細くなりました

同じ5cm細くなるのに要した期間は

ツイストステッパーの方がはるかに短く

目で見て実感できるほど?

先日も知り合いに「随分お腹周りスッキリしたんじゃない」と言われました

徐々に時間を延ばしながら続けているので

肉体的に辛いとは思いませんが

やはり、精神的に「さぼりたいなぁ」と思うことも時々あります

続くか続かないかは気持ちの問題なのだと思っており

今朝もすでに20分やり終え

残り40分を2、3回にわけてやろうと思っています

私は「辛いこと、嫌なことからやってしまおう」と考えるタイプ

後回しにしたら絶対出来なくなるのが人間の弱さだと思っているからで

「後でやろう」は「明日でいいや」になり

「そのうちやればいいだろう」から

「もう、いいや」になってしまうと思うのです

何事も始めるのは簡単ですが

続けるのが大変なわけで

「継続」とは自分の弱さに負けないことだとも思っています

そういえば

お腹周りがスッキリしたのと同時に

膝の上の内側に

いつのまにかポッコリ筋肉がついています

成果が見れることも続けられる1つの要因かもしれないと思っていますし

誰のためでもなく自分のためですから続けます

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